夢が叶わない思考  国家試験に落ちた学生さん

 人間には 色々な”夢”があって

 それを誰もが叶えたいと追いかけて 努力する。

  好きな人と一緒になりたい。

  勉強して、名誉や地位を手に入れたい

  お金持ちになりたい

  リハビリして自由で元気な身体を手に入れること   

 そうして報われた”夢”を手にした者は 雲の向こうに行けたような気がする。
 夢が叶ったら、きっと雲の上に立った気分でしょう。雲の上で 気持ちよくお日様の光に当たった気分 になるでしょう。

 しかしながら 努力してもどう頑張っても
 叶わない”夢”もある。
 雲の向こうを見たくても 見られない・・・。
 そんな時はどうしよう?
 溜息の海に この身を漂わせようか・・・。

 それでも しつこく”夢”を追いかけるか
 直ぐに違う”夢”を見つけるか・・・

 多分 自分はどっちともいえないな
 欲張りな私は 絶対に雲の向こうに行きたい!とがむしゃらに生きる。
 人生は 多分欲張りに生きた方が 楽しい!
 はずである。
 今回、国家試験に落ちた学生さんがいっぱいいるようです。
 私の周りにも、国家試験を受けて落ちた学生さんが、作業療法士になるのをあきらめようとしてい  
 る。

 作業療法士になりたくないのか?

 作業療法士になるのが、夢だったんだろ!!

 冷たい言い方をすると、他人が作業療法士になろうが、ならまいが、自分には関係ない。
 押し付けることもしたくない。
 でも
 人の前で、

「どうせ私は頭が悪いから」

「来年の国家試験も難しくなるから」

「みんなに負けてしまったから」


 はじめから、夢が叶わない考え方をするのはやめろ!!

 

リハビリ養成学校の責任

あるリハビリの養成専門学校の実習の指導について聞いた。今は学生にこんなアホな指導をしているのか。また学校がこんなアホな指導をマニュアル化して実習先に渡して学生の指導いるのかと驚かされた。アホすぎである。

あまり、具体的にこの記事にそれを書くとどこの学校かばれてしまうので大まかに書きます。

その学校の臨床指導マニュアルというのは、臨床実習開始後1週間は、学生が、実習に慣れるために指導(パイザー)が百パーセントお手伝いしてあげてください。 (レポートも含む)二週目は九十パーセントで三週目は八十パーセント四週目は七十パーセント五週は六十パーセント七週目は五十パーセント最終週は四十パーセントの割合で学生のお手伝いをしてください。って アホか!!
パイザーが臨床にでていてこんな時間がどこにあるのか?

また、症例レポートは、その学生の能力に応じて作成指導してください。つまり、レポートは、必須ではなく出来たらでいいので提出してくださいみたいにマニュアルである。学校は提出義務を課せられていないらしい。

臨床実習なのに、学生は症例の評価や治療の知識の勉強もせず、八週間、ぼーっと見学しておわりなのか?
何のための臨床実習か?
こんなアホな学校の学生には、特に臨床にでてほしくない。

今、少子化のあおりを受けて養成学校も学生の募集をかけても、受験者が定員を割れてしまう現象が起こっているようで、リハビリの養成学校も、以前は狭き門であった時もあったが、今はもうだれでもオーケーです。学校を受験して来るものを拒みませんよみたいになってきている。学校も定員人数を確保しないと経営が成り立たないだろうし、バカな学生を集めたら厳しい勉強や実習をさせたとで、留年者や退学者を増やしても経営が成り立たない。アホな学生を取った養成学校側は責任があるからなんとか学校を卒業させるための策だろうが、こんなことをされて一番迷惑を被っているのは真剣に指導しようとしている臨床にいる指導者達である。

リハビリテーションと宗教

病気をして、治りたい一心で神様にすがる。または宗教を信心して、痛みの緩和や、治癒を願う。
 これは、当たり前の行為だと思う。
 私の担当の患者さんも、リハビリ中に「神様が治してくれる」宗教をまじめに信仰していたから・・・」
 と言われる方がいらっしゃる。
 このような心や願いが強くても良いと思う。宗教や、神頼みは非科学的、非現実的と思われる人も 
 いるかも知れないが、必要不可欠なものだと思う。
  よく海外の人から見ると、日本には宗教がないといわれる。
 でも、日本人にも宗教心はあると思う。
 お盆に帰省してご先祖様をお参りするのは立派な宗教心だと思う。
 正月の初詣もそう。
 ただ、キリスト教やイスラム教とは違って、日本の宗教は一神教でなく、多神
 教というのが、大きく異なる部分だ。
 日本には八百万の神々がいて、外国の神々もたやすく自国の神の一員に加えて
 しまう。
 ニュアンス的には、ギリシア神話と似ている。
 神といっても一人でないのだから。
 人間も死んで神になるのだから、戦没者を靖国神社に祭るのも日本独自の風習
 かもしれない。
 自衛隊員がイラクで死んだ場合は、靖国神社に祭るのだろう。
 
 日本人がしていた宗教儀式、お盆と彼岸。
 先祖とのつながりを持ったこの行事も段々廃れていく気がする。
 墓も忘れ去られ、神棚も仏壇もない家も増えた。
 そういう意味では、本当の意味で日本人に宗教心が薄れてしまっているのかも
 しれない。
 
 日本人から宗教心も消えた後に残るのは何なのだろう?
 消えがたい孤独なような気がする。

勉強

しばらく更新をサボっていました。
すいません。
今日は、勉強について書こうかと思います。
私は、小学校や、中学校 高校 専門学校とやってきましたが、成績順位も下から数えるほうが早い
くらいであった。
勉強は嫌いという人は多い。
なぜ嫌いになるのか。
押し付けられるから?
役にたたないから?
面倒くさいから?
そもそも勉強って何だろう?
国語、数学、理科、社会。
国語は読解力を鍛えてくれる。
数学は論理的な思考を高めてくれる。
理科は物事の真理を教えてくれる。
社会は人間社会の真理を教えてくれる。
ところで、サッカーでも、ゲームでも、カラオケでも、うまくなるには勉強
しなければならない。
よりよい人間関係をつくるにも、人から学ばなければならないところがある。
となると、教科書だけが勉強ではなく、どんなものからも学ぶという姿勢が
大切になる。
学校では、教科書を読み聞かせるだけでなく、学ぶということがいかに自分
のためになるのかを、もっと教えないといけないのではないかと思う。
び続けること、それが人生を成功に導く一番の近道なのだから

ハビリテーション

元気な状態であって、疾病を患い障害を負い、また元気な状態にできていた生活ができるようになることを、リハビリテーションをするといいます。
リハビリテーションのリ(re)は 再び という意味。
ハビリテーション(habilitation)の意味は 適応する と意味。
リハビリテーション( rehabilitation )とは再び適応するという意味である。
リ(re)をはずした ハビリテーション(habilitation) という言葉は生まれつきながら、適応できない子どものたちに対して適応できるようにするための言葉である。
生まれながらに障害をもつ子ども、発達障害などの子どもたちの適応訓練のことなどをリハビリテーションではなく ハビリテーション という。


今の日本の子供たちは逆上がりができないという。
 できる子はわずか10%。
 10人中9人はできないという。
 しかも、長距離走は途中で座り込み、マット運動ではまっすぐまわれないという。
 学力不足が叫ばれているなか、体力不足も不安視されそうだ。
 子供は国の宝というが、彼らが日本を本当に支えていけるのか?
 何かが大きく間違っている気がする。
 そして、このままでは将来世界の中で取り残されてしまう気もする。


日本国家は子どもたちに対してハビリテーションという概念や意識を持つべきなのかもしれません。
子どもたちが、世界の平均水準に適応できるように

 

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