がんばります。努力します。

がんばります。努力します。

こう言っている人は実はダメな人。
 
仕事をがんばる。努力します。

勉強をがんばる。

実習をがんばる。

がんばります! がんばります!・・・・・・・・

努力します。努力します・・・・・・・・・・・・・・・

こういう人は実はがんばっていない人。努力していない人。

がんばっている気になっているだけの人。自分で努力している気になっているだけの人

本当にやっている人は言葉に出さずに、具体的な行動に移している。

がんばる、努力しますということがなぜ悪いのか?

それは抽象的な言葉だから。

何をどのようにどのくらいやるのか?

仕事ができる人は、目標がはっきりし、手段も明確なので、がんばるというよ

り、それをやるかやらないかということを重要視する。

もし、自分が人に対して「がんばる」「努力します。」と言っているとしたら気をつけよう。

勉強の成績向上や態度改善をがんばるや努力するではなく、これをこうこうこうすると

いう具体的な考え方をしないといつまでたっても向上したり改善できないのだから…

がんばる 努力しますという言葉は具体的な行動をとれない人の言い訳の言葉かもし

れない。その場しのぎの都合のいいことばである。
 

怒られる

臨床現場で、新人さんが上司から怒られたり、学生さんがバイザ

ーの先生から怒られるというのはよくあることだ。

誰もが怒られるのはイヤだと思う。

ところが、考え方によっては怒られるのはそれほどつらいことでは

ない。

まず、怒られるには相手がいる。

その相手がなぜ怒るのか?

そのことを考えるとそれほどイヤではなくなる。

相手が自分に対して怒るには3つしかない。

1.自分が間違いをしたとき

2.ただ不機嫌なだけのとき

3.自分に対する嫌がらせ

1番目のときには、自分が悪いのだから仕方ない。

さらに、そんな自分に怒るのは実はエネルギーがいるし、自分に対

して期待しているから。

だからこそ、この相手に対してイヤな思いはないはずだ。

2番目の人の場合は、別段自分に対して怒っているのではないの

だから、気にするのだけ意味がない。

3番目の人に対しては、ちょっとやっかいだ。

でも、これもよく考えたらそれほど大した問題ではない。

重要なのは相手よりもできるかどうか。

こちらにミスがなく、能力が高ければ、嫌がらせをする上司をむしろ

追い出すことも可能。

だから、そんな上司が、わけもなくいやがらせをするのは、実は大い

なるチャンス。

相手の理不尽を上司の上司に理路整然と述べる勇気があれば、追

い出すことができるのだ。

怒られるのは、むしろありがたい。

から、怒られて萎縮するのは全く意味がないと思う。

図に乗る

人はちょっと物事がうまくいった場合に図に乗ることがある。

調子にのっているだけならば愛嬌だが、図に乗ってしまうと

周りの反感を買う。それは、自分が働く職場でもよく見られる

光景だ。

図に乗っている状態を他人から見ると、うぬぼれている状態

になるのだろう。

図に乗る人は私もそうだが、自分のことを客観的に見られな

いでいるからだ。

さらに、他人との比較を客観的にできていない

図に乗る人は、自己評価がどうしても主観的になってしまう。

自分の能力が30なのに、50と思って行動していれば他人から

はバカ扱いされる。

また、能力を相対的に考えれば、ある組織の中でトップの能力

でも、他の組織と比べて自分の能力が低いとすれば、それは井

の中の蛙でしかない。

例えば、少しくらい野球がうまいからといっていい気になったところ

で、イチローや松井と比べたら、大したことはなくなる。

むしろ、イチローや松井を目指してひたむきにがんばる方が好感を

持たれる。

仕事ができるといってもビル・ゲイツほど稼げているわけでもない。

自分の能力を客観的に見ることができ、自分より能力の上の人と比較

する勇気があれば、決して調子に乗ることも、図に乗ることもなくなる。

少しくらいうまくいっても、より高いレベルを目指す心構えがあれば、

むしろ、さらに謙虚に励み続けるはずだと思うし、そうありたいと思う。

洞察力と学生さん

経験のある理学療法士や作業療法士には、優れた洞察力が

備わっている。また、患者の苦しみを軽減する方法を探して

くれる。マニュアルどおりのことではすまない場面に毎日当

面しているから、そんな能力がつくのだ。学生が、実習で自分

を指導してくれるパイザーが凄いなあと驚かされるのは、洞

察力である。知識プラスアルファ洞察力、やさしさを兼ね備え

たセラピストは誰からも愛されるセラピストである。セラピスト

も、対人サービス業。これからは、国家資格を持っていること

よりも、どれだけのことができるか、セラピストの質が問われ

る時代です。自分で考え、柔軟に行動でき、信頼されるセラ

ピストにならなければ。そのためにはだれかに教えてもらう

という姿勢ではダメです。自ら、好奇心を持ち、なんにでも挑

戦していく心が大切です。

国家的犯罪

脳梗塞のような脳血管疾患では、180日をすぎると、症状は固定化し、

急性期、回復期のように目立った回復は望めない場合が多い。この時

期のリハビリは、維持期リハビリと呼ばれ、拘縮を防ぎ、筋力を維持す

ることに重点がおかれる。国の医療は、発症後180日を過ぎたリハビ

リ患者に対しては回復の見込みがないから介護保険で介護を受けな

さいというんです。こんなもん福祉国家を標榜する国内総生産世界第

二位の国がすることではないと思います。




介護保険で受けるリハビリは、訪問リハビリ、通所リハビリがあるが、

リハビリを本当に必要としている方は、そのようなリハビリを受けること

ができていないのが現状です。リハビリよりも身体介護などで介護保

険のポイントを使い果たしているようです。必然的にリハビリをうけるこ

とをあきらめなければならないのが実情です。結果は、合法的な治療

切り捨てになって、生命の危機をまねくのだろう。厚生省は、そのよう

なシステムにしようとしているならば、これは立派な国家的犯罪なの

ではないでしょうか?

 

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