ハビリテーション

元気な状態であって、疾病を患い障害を負い、また元気な状態にできていた生活ができるようになることを、リハビリテーションをするといいます。
リハビリテーションのリ(re)は 再び という意味。
ハビリテーション(habilitation)の意味は 適応する と意味。
リハビリテーション( rehabilitation )とは再び適応するという意味である。
リ(re)をはずした ハビリテーション(habilitation) という言葉は生まれつきながら、適応できない子どものたちに対して適応できるようにするための言葉である。
生まれながらに障害をもつ子ども、発達障害などの子どもたちの適応訓練のことなどをリハビリテーションではなく ハビリテーション という。


今の日本の子供たちは逆上がりができないという。
 できる子はわずか10%。
 10人中9人はできないという。
 しかも、長距離走は途中で座り込み、マット運動ではまっすぐまわれないという。
 学力不足が叫ばれているなか、体力不足も不安視されそうだ。
 子供は国の宝というが、彼らが日本を本当に支えていけるのか?
 何かが大きく間違っている気がする。
 そして、このままでは将来世界の中で取り残されてしまう気もする。


日本国家は子どもたちに対してハビリテーションという概念や意識を持つべきなのかもしれません。
子どもたちが、世界の平均水準に適応できるように

「アリとキリギリス」 病気をしてリハビリを受けたり、介護を受けたりしている場合ではない

日本も「アリとキリギリス」の時代に突入した。

後期高齢者医療制度で保険料の年金天引きも始まり、

シルバーの生活格差は広がるばかりだ。ゆとりある老後を過ごすためには、

平均的なサラリーマンはあと1000万円足りないという。さあ、どうする?

厚労省の06年度簡易生命表によると、現在50歳の男性の平均余命は31年。となると、60歳の定年退職後に21年分の生活費が必要になる。年金と退職金2490万円(06年大卒者平均=経団連調べ)を合計しても、税金や医療負担などを考えれば、約1000万円の不足に陥るというのだ。
「定年までの年数によりますが、準備にかけられる時間が長いほど有利になります」(日本FP協会広報担当者)

 キリギリスのように、みじめなセカンドライフは送りたくない。今から1000万円を貯めるには、どうする

 べきか?
 
 元気に働かなくてはなりません。現代のように、病気をして病院に通ったり施設でリハビリを受けた

 り、介護を受けてのんびり療養なんてとんでもない話!!

 一生 健康でありながら アリのように働き続けなければなりません。

 おぞましい、世になりました。


若者はますます働かなくなる傾向

年金問題や今回の後期高齢者の問題大きくクローズアップされていて一体どうなるのだろう?
 
 この長寿国家の介護保険医療保険も共に大きな問題をはらんでいる。

 これらは早晩破綻しそうな勢いですね。

 今まで家庭で養っていた老人介護を国民全体で扶養していこうというのが、介

 護保険の目的だったが、予想を上回る高齢化によって、現在40歳以上の人に

 よる負担ではもうもたなくなりそうだ。

 苦肉の策で後期高齢者医療制度も導入されたが、これも、何時まで持つのだろうか?
 
 2000年の国民負担は3兆円だったのに、2003年には6兆円に膨らんだ。

 わずか4年で倍になったのである。
 
 今、ひそかにこの国民負担を若い年齢まで下げようという動きがある。
 
 事実上の増税である。
 
 年金も増税、保険料も増税。
  
 そして、介護保険医療保険まで増税。
 
 日本は、負担をいやがる若者はますます働かなくなる。
 
 

後期高齢者健康保険

後期高齢者健康保険の天引きが始まりましたね。年金から引かれることになった

お年寄りはきついと思う。

一体この国ニッポンの政治家連中は何を考えているのだろうか!?

後期高齢者医療制度がスタートし、極論寝たきり老人からも更なる負担増を強いる。

ひどい話だ!!


先ずは徴収ありきの手法!!

国家が弱いものいじめをしだしたら、国は終わりだ。


現在の少子化が拍車をかけた人口構成変化で今までの老人医療費負担が

厳しくなった事から施行されたものではあるが、日本の人口構成が逆ピラミッド

型になるなどという予測は素人でも数十年前からわかりきっっていた事だ!!

何故もっと以前からこの事態について真剣に考えなかったのか?

これが国民無視の官僚主導政治、自民党が築き上げてきた日本に他ならない。

官僚達の天下り先給与を廃止するだけでいくらの費用が捻出できるのか?

年金をポケットに入れた官僚や政治家の罪を追求すればいくらの費用が捻出できるのか?

もっと考えてほしい。

嘆かわしいことである。

 リハビリの学生さんが 臨床自習で失敗すること  〜無知〜

 学生が実習で、バイザーに意見したがために、

 バイザーのプライドを傷つけてしまい

 関係が悪くなり実習がうまくいかなくなった。
 
 それが理由で理不尽な扱いを受けた。もしくは実習が不合格になってしまったと

 いう例をよく聞く。


 全てのことを知っている人間などいない。

 それは、臨床で長年働いているリハビリテーションセラピストにとっても同じである。

 また、学生にとってもなおさらである。

 無知とは知らないこと。

 どこまで知っているのか?

 どれを知っているのか?

 スポーツのことは詳しくても、政治のことはわからない。

 スポーツもサッカーのことは詳しいが、水泳のことはわからない。

 サッカーのことは詳しいが、専門家よりは詳しくない。

 となると、この世の全てのことに対して、「自分は知っている」と

 自信を持っていえる人など存在しないだろう。

 つまり、客観的な指標を持たずに、「自分は知っている」と考えること自体、

 「無知」であるといえる。

 一般な人よりは知っているが、専門家よりは知らないとしっかり自覚している

 のかどうか。

 自覚ができない場合には、むしろ、「自分は何も知らない」と思う方が安全だ

 し、正しい気がする。

 
 そして、無知を自覚している人は、謙虚になれるし、知ろうという前向きな姿

 勢を持てる。

 無知を自覚することは自分を客観的に見ることのできる第一歩なのかもしれない。

魅力あるリハビリテーションセラピスト 

 魅力って何だろう。

 魅力のある人、ない人。

 その差はどこにあるのか?

 魅力は努力の積み重ねだと思う。

 センスが一日で磨かれないように、魅力も一日で身につくものではない。

 どうすれば、人が魅了されるか考えたことがあるかどうか。

 例え人もうらやむ美貌を持っていたとしても、見る人がうっとりするような

 笑顔のできない人には魅了されることはないだろう。

 では、美貌がない人はどうするか。

 人が心からすごいと思うことを実行できるかどうかに尽きる。

 スポーツ選手が人を魅了するのは、自分たちがとてもできないと思うことを

 できるから。

 一流のスポーツ選手ほどでないとしても、人を魅了するには、魅了される人

 たちが心からすごいと思うことをできるかどうか。

 自分たちが簡単にできることに人は魅了などされるはずがない。

 簡単にできないことをするにはどうすればいいのか。

 日々の努力が必要になる。

 だから、魅力は努力の積み重ねだと思う。

 つまり、何かに真剣に打ち込まない人が人を魅了することなどありえないと

 思う。

 リハビリテーションセラピストも、部下から慕われるようにするには、患者や対象者に


 好かれるようになるにはどうしたらいいか?

 魅力のあるリハビリテーションセラピストとは?

 現場ではいつも笑顔で、積極的に仕事をこなし努力する人ですね。八方美人ではなく正しいこと

 をまっすぐに実行される方ですね。


 

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