基本の継続は力なり

4月から某学校の非常勤講師として就任することになった。

以前にも、学校で教えたことはあるのですが、今回は、ちょっとブランクがあるのでどうなるのか?

学校にいくと、基本にもどった感じになる。

また学校で学生さんに教えることで、自分もいろいろ勉強できるし、気持ちがフレッシュになる。

自分も、学生時代、学校で基本を学んだのだから。




何事も基本が大切である。
 
基本ができなければ応用もきかない。

臨床現場にいっても基本がないとやっていけませんね。


それは勉強だけでなく、スポーツでも仕事でも人間関係でもいきてくる。
 
どんなものも基本というものは割合に簡単に覚えられるし、やるのも簡単だ。



誰もが行うと出来るものはできるから本当に基本なのだろう。

ところがここに落とし穴がある。

本当に基本をしっかりできている人はどのくらいいるのだろう?

スポーツでもここ一番というときに基本ができていないで失敗する人は多く

いる。

勉強でも仕事でも。

簡単である基本。

その簡単であるという思い込みが失敗を招く。

実は基本こそ、繰り返すことが大切になる。

基本は一度できることが重要ではなく、何度も繰り返し練習することで、身に

つくことが実は大切なのである。

だから、習慣と化すまで訓練する必要がある。

そういう意味では、基本を継続して続けることができるかどうか?

それが継続は力なりの本当の意味ではないかと思う。

行為因果関係の推測

大抵どんな職場にも、やたらとミスにうるさい上司がいるものである。学生さん

も担当が、うるさいパイザーであればたまったものではない。自分の部下のちい

さなミスに対してもガミガミどやされずにはいられない。部下としては上司の情

け容赦のない冷血感とでも思いたくなるが、ちょっと違う。この手の上司には、

ただうぬぼれ屋が多いのではないか。特にPT OTには特に多いのではないか。

うぬぼれ=自己評価の高い人は、他人にガミガミいう傾向が強いと思います。

反対に自己評価の低い人は、他人にそんなにきつく言うことはないと思う。


(行為因果関係の推測)

人間は誰しも、他人の成功や失敗が気になるものだ。そして成功や失敗にあれこ

れ都合のいい理由をかんがえようとする。

例えば、彼は能力や才能に恵まれていたから成功したんだとか、運に恵まれてな

かったから失敗した。彼の成功は運にめぐまれていただけ、失敗は単なる能力不

足と考える人もいるだろう。行為因果関係の推測とはつまりは成功や失敗の理由

の見いだし方は人によって様々だが、この時の基準になるものは、実は自分に対

する評価なのである。

一般的には、他人の成功や自分の失敗は能力や努力のおかげにし、また他人の

失敗や自分の成功は運のせいにしやすいことがわかっているらしい。

つまり、普通の人はけっこう謙虚なのだが、「俺はたいしたことがない」という自己

評価の低い人は、この傾向がさらに強くなる。他人が失敗しても、それを本人のせ

いにはなかなかしない。

部下が何かつまらないミスをしても「まあ、運が悪かったんだろう。ガミガミ言うこと

もない。」と済ましてしまう。

反対に、部下が成功すれば、それは本人の努力や能力のせいだと考えて、

「よく頑張ったね」と素直に誉めてくれる。一方、自己評価の高い人は、成功であれ、

失敗であれ、その人の能力や努力に原因を求めがちだ。成功はその人の能力や賜

物として考えるし、失敗は努力不足などと本人のせいにする。要するに、厳しくてドラ

イなのである。部下が小さなミスを犯した時に、それを注意不足とか気あいが足りない

とか、部下の能力のせいだと言わんばかりの上司は、それだけ自己評価が高い、つま

り自惚れ屋ということである。

よく言えば「自分にも他人にも厳しいタイプ」ということになるが、自己評価が高い

からといって、本当にその上司が優秀かどうかはわからない。自惚れ屋は、えてし

て他人に対して厳しく生るもの。そう思っておけば、上司にガミガミ言われても、腹

は立たない。

相手に関心があるかどうか?


 身近な人間関係では、夫婦間の人間関係である。

 日本の離婚率もアメリカ並みに増えてきたようである。
 
 以前ならば離婚事態が社会的に許されない雰囲気があったが、これだけ核家族
 
 化が進むと、離婚の歯止めにはならないのかもしれない。

 最近、そんな離婚に関するおもしろい研究データが発表された。

 それは、離婚するかどうか、見分けることは簡単という。

 その離婚の見分け方は「夫婦で互いのことをほめているかどうか?」だそうだ。

 相手のことをほめることが、会話の中で多い場合、離婚しないらしい。

 逆にいうと、夫婦生活をしていて、会話がないのはもっての他だが、会話をし

 ていても、相手をほめない夫婦は、「かなりの確率」で離婚しているという。

 相手のことをほめるためには、相手のことを知らなければならないし、相手の

 話を聞かなければならない。

 言われてみればもっともなことで、コミュニケーションのない夫婦が結婚を続

 けていけるはずがない。

 この考え方は結婚生活だけではなく、普段の人間関係にもあてはまると思う。
 
 セラピストも、他職種との人間関係や患者、対象者との信頼関係を築く上で考

 えされられることだと思います。

 相手に関心があるかどうか?

 無関心こそ、人間関係を悪化させる最大の欠点であると思う。

伸びる人、伸びない人。

 セラピストの新人さん 学生さん。
 
 または私も含め誰でもそうであるが、

 伸びる人、伸びない人。

 その差は何だろう?

 伸びる人は、努力する人、研究熱心な人、向上心の高い人。

 はたから見ると、伸びる人は自信にみなぎっているように見える。

 しかし、本当は、自分に自信のない人の方が伸びるのだと思う。

 自分に自信がなく、自分の能力が未熟と思う人の方が大いに伸びる。

 なぜならば、未熟だからこそ、成熟するために具体的な行動に移れるから。

 謙虚に前向きにひたむきに。

 自信はややもすれば、おごりにもつながる。

 自分はバカだ。

 自分は気がまわらない。

 自分は才能がない。

 そう思う人のほうが必ず伸びる。

 まず、できないことを自覚する。

 それからどうするか考える。

 そして、行動する。

 このプロセスをできる人が確実に伸びる人だろう。

 自分の能力を過信し、何とかなると考え、漫然と日々を過ごす。

 そんな人が伸びるはずがない。

 できると思う人ほど実際にはできないというのは一種の皮肉かもしれない。

がんばります。努力します。

がんばります。努力します。

こう言っている人は実はダメな人。
 
仕事をがんばる。努力します。

勉強をがんばる。

実習をがんばる。

がんばります! がんばります!・・・・・・・・

努力します。努力します・・・・・・・・・・・・・・・

こういう人は実はがんばっていない人。努力していない人。

がんばっている気になっているだけの人。自分で努力している気になっているだけの人

本当にやっている人は言葉に出さずに、具体的な行動に移している。

がんばる、努力しますということがなぜ悪いのか?

それは抽象的な言葉だから。

何をどのようにどのくらいやるのか?

仕事ができる人は、目標がはっきりし、手段も明確なので、がんばるというよ

り、それをやるかやらないかということを重要視する。

もし、自分が人に対して「がんばる」「努力します。」と言っているとしたら気をつけよう。

勉強の成績向上や態度改善をがんばるや努力するではなく、これをこうこうこうすると

いう具体的な考え方をしないといつまでたっても向上したり改善できないのだから…

がんばる 努力しますという言葉は具体的な行動をとれない人の言い訳の言葉かもし

れない。その場しのぎの都合のいいことばである。
 

怒られる

臨床現場で、新人さんが上司から怒られたり、学生さんがバイザ

ーの先生から怒られるというのはよくあることだ。

誰もが怒られるのはイヤだと思う。

ところが、考え方によっては怒られるのはそれほどつらいことでは

ない。

まず、怒られるには相手がいる。

その相手がなぜ怒るのか?

そのことを考えるとそれほどイヤではなくなる。

相手が自分に対して怒るには3つしかない。

1.自分が間違いをしたとき

2.ただ不機嫌なだけのとき

3.自分に対する嫌がらせ

1番目のときには、自分が悪いのだから仕方ない。

さらに、そんな自分に怒るのは実はエネルギーがいるし、自分に対

して期待しているから。

だからこそ、この相手に対してイヤな思いはないはずだ。

2番目の人の場合は、別段自分に対して怒っているのではないの

だから、気にするのだけ意味がない。

3番目の人に対しては、ちょっとやっかいだ。

でも、これもよく考えたらそれほど大した問題ではない。

重要なのは相手よりもできるかどうか。

こちらにミスがなく、能力が高ければ、嫌がらせをする上司をむしろ

追い出すことも可能。

だから、そんな上司が、わけもなくいやがらせをするのは、実は大い

なるチャンス。

相手の理不尽を上司の上司に理路整然と述べる勇気があれば、追

い出すことができるのだ。

怒られるのは、むしろありがたい。

から、怒られて萎縮するのは全く意味がないと思う。

図に乗る

人はちょっと物事がうまくいった場合に図に乗ることがある。

調子にのっているだけならば愛嬌だが、図に乗ってしまうと

周りの反感を買う。それは、自分が働く職場でもよく見られる

光景だ。

図に乗っている状態を他人から見ると、うぬぼれている状態

になるのだろう。

図に乗る人は私もそうだが、自分のことを客観的に見られな

いでいるからだ。

さらに、他人との比較を客観的にできていない

図に乗る人は、自己評価がどうしても主観的になってしまう。

自分の能力が30なのに、50と思って行動していれば他人から

はバカ扱いされる。

また、能力を相対的に考えれば、ある組織の中でトップの能力

でも、他の組織と比べて自分の能力が低いとすれば、それは井

の中の蛙でしかない。

例えば、少しくらい野球がうまいからといっていい気になったところ

で、イチローや松井と比べたら、大したことはなくなる。

むしろ、イチローや松井を目指してひたむきにがんばる方が好感を

持たれる。

仕事ができるといってもビル・ゲイツほど稼げているわけでもない。

自分の能力を客観的に見ることができ、自分より能力の上の人と比較

する勇気があれば、決して調子に乗ることも、図に乗ることもなくなる。

少しくらいうまくいっても、より高いレベルを目指す心構えがあれば、

むしろ、さらに謙虚に励み続けるはずだと思うし、そうありたいと思う。

洞察力と学生さん

経験のある理学療法士や作業療法士には、優れた洞察力が

備わっている。また、患者の苦しみを軽減する方法を探して

くれる。マニュアルどおりのことではすまない場面に毎日当

面しているから、そんな能力がつくのだ。学生が、実習で自分

を指導してくれるパイザーが凄いなあと驚かされるのは、洞

察力である。知識プラスアルファ洞察力、やさしさを兼ね備え

たセラピストは誰からも愛されるセラピストである。セラピスト

も、対人サービス業。これからは、国家資格を持っていること

よりも、どれだけのことができるか、セラピストの質が問われ

る時代です。自分で考え、柔軟に行動でき、信頼されるセラ

ピストにならなければ。そのためにはだれかに教えてもらう

という姿勢ではダメです。自ら、好奇心を持ち、なんにでも挑

戦していく心が大切です。

 

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